初 大宇陀散策

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たまたま大宇陀へ行こうと思っていたその日に、近鉄奈良駅でハイキング情報を見たら、「駅長お勧めハイキング」が榛原駅からあるということがわかりました。本当は御気楽にバスで行こうと思っていたのだけれど、~11時までの受付にどうにか間に合って、お天気も良いぽかぽかの日だったし、のんびりと歩いて行くことにしました。榛原駅から大宇陀まで8キロ。歩くには適度な距離です。こういう機会がないと不慣れな土地では歩こうと思わないので、ちょうど良かったです。
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まずは宇陀川を横切って、宇太水分(うだみくまり)神社(下社)へ。由緒のあるお社です。杉の大木でそれがわかります。そこからまた川(芳野川)沿いのお散歩です。周りは稲が刈られたばかりの田んぼで、のどかな田園風景の道です。ところどころの彼岸花はもう終わりかけ。川から離れて右手に行くと、八咫烏(やたがらす)神社に到着です。
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祭神は建角身命(たけつのみのみこと)。建角身命が八咫烏となって神武天皇を無事大和に導いたといわれています。
日本サッカー協会のシンボルマークは八咫烏なのは有名ですね。神社には八咫烏がサッカーしてる像が寄贈されています。狛犬がぶさかわいかったです。そこから丘を越えて、また宇陀川に出て、うだアニマルパークへ。
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ちょうどこの日は、芋ほりと枝豆の収穫体験が出来たようでした。遠方なんで諦めましたが。やってみたかったなぁ。
大宇陀の特産品や小物のお店も出ていて、賑わっていました。子供連れが多かったです。アニマルパークだもんね。動物いるし。
そこから大宇陀はすぐそこ。ものの歩いて10分くらいです。
大宇陀の松山地区は町並みが保存されていると言うことで、伝統的建造物群保存地区に指定されています。江戸時代~昭和の初めにかけての家が点在しています。落着いた趣のある家が多いです。

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上の写真は、大宇陀と言えば、必ずと言っていいほど紹介されている宇陀松山城の西口関門(国史跡)です。城下町の出入り口の門で、その当時を偲ぶ現存する唯一の建物です。思っていたより小ぶりでしたが、立派な門ということはわかります。
大宇陀に行くまでは、長野の妻籠や馬籠、奈良井のような山の中の宿場町を想像していました。行ってみて見事に外れたということがわかりました。周りに山はあるけど、かなり開けた明るい場所でした。やっぱり実際来てみないとわからないものです。
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せっかくなので、森野旧薬園(国史跡)にも立ち寄ってきました。入ってすぐに葛の晒し場があって、大きな器がいくつもありました。行った時はその器の中で葛(豆乳色)を撹拌して不純物を取る作業をしていました。その脇には二階建ての資料館もありました。葛って太い木の根っこのようなものから、真っ白な葛粉になるんですねぇ。
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葛の晒し場の先には旧薬園の敷地が広がっています。そこまで行くのは「山登り」でした・・・旧薬園は平らな場所にあると勘違いしていたので、一苦労。おかげで大宇陀の町を上から俯瞰することが出来ましたけど。もう季節柄、枯れてしまっている薬草が多かったけど、植物の札を見ると所狭しといろいろな種類が植えられているようです。桃岳庵は手入れすれば、武相荘みたいと思いました。いい雰囲気だったけど、やぶ蚊がうるさくて、早々に退散しました。
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大宇陀道の駅で、野菜を物色してから、阿騎野人麻呂公園とかぎろひの丘万葉公園に行ってみました。道の駅から歩いて10分位。柿本人麻呂が馬に乗った像がある阿騎野人麻呂公園に着きます。発掘調査により、古代の狩場であった「阿騎野」の中心的施設がおかれていたことがわかり、遺跡公園として保存されています。飛鳥時代の掘建柱建物やその時代の住居が復元されていました。小屋の一つに説明のボタンがあって、それを押すと来歴をナレーションしてくれる仕組みになっています。誰もいないのにしゃべっているのはなんだか違和感ありましたけど。チビが周りで遊んでいて、押しちゃってたんですね~のどかでした。
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かぎろひの丘万葉公園は、そこから北に向かって2、3分。行く前は周りの山を見下ろすくらいの広~い高台だと思っていました。あずま屋や記念碑がいくつかあるけど、なんだかうら寂しいかったなぁ。柿本人麻呂が詠んだ歌「ひむがしの野にかぎろひの立つみえてかへり見すれば月かたぶきぬ」の碑の脇に立って、「ひむがしの」方を見たけれど、今一どこにどんな感じでかぎろひが見えるのか想像できませんでした。実際見るのが一番なんでしょうけどね。綺麗だって言いますよね。

今回の初大宇陀の教訓は「百聞は一見にしかず」でした


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